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2009年02月 アーカイブ

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マレーシアとは・・

マレーシアは、東南アジアのマレー半島南部とボルネオ島北部を領域とする連邦制のイスラム教国。 シンガポール、タイ、インドネシア、ブルネイ、フィリピンと接する。ASEANの一員。
正式名称は、ジャウィ文字: ڤرسكوتوان مليسيا、ラテン文字:Malaysia。(マレー語: [məˈlεɪʒə])。

公式の英語表記は Malaysia ( [məˈlεɪʒə] または[məˈleɪziə])。

中国語表記は马来西亚(簡体字)/馬來西亞(繁体字)。略称は大马(簡体字)/大馬(繁体字)。

日本語の表記はマレーシアあるいはマレイシアである。漢字では馬来西亜と表記し、馬と略す。他にマレーシャなどの表記もある。また、連邦制国家であることに鑑みマレーシア連邦とされることもある。

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その場所について

マレー半島南部とボルネオ島北部を領域とする。隣接国はタイ、シンガポール、ブルネイ、インドネシアである。

タイとはマレー半島北部で国境を接している。
インドネシアとは広く隣接し、ほぼ同じ言語の国である。
シンガポールとはジョホールバル中心部からコーズウェイ(土手道)で、またジョホール州西部から大橋で繋がっており経済的なつながりが強いが、政治的には衝突することが多い。
ブルネイとはボルネオ島のサラワク州で国境を接し、同じ言語、宗教(イスラム教)の国である。
なお一般的にはマレー半島の部分が「半島マレーシア」(Semenanjung Malaysia)、ボルネオ島の部分は「東マレーシア」(Malaysia Timur)と呼ばれる。また、マレー半島とボルネオ島間の往来は、マレーシア国民であってもパスポートを必要とする。

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清潔な首都

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クアラ・ルンプール(ラテン文字:Kuala Lumpur, ジャウィ:كوالا لومفور)はマレーシアの首都で、東南アジア有数の世界都市。マレー半島南部の丘陵地帯にある。一般的にKLと略して称される。
クアラ・ルンプールはマレー語で「泥が合流する場所」という意味があり、市中心部にある代表的なモスク「ジャメ・モスク」の付近で、ゴンバック川とクラン川が合流していることが元になっている。正式には「連邦領クアラ・ルンプール」(Wilayah Persekutuan Kuala Lumpur)と称し、中国語では「吉隆坡」と記される。なお、現在首都機能を市郊外南方の新行政都市プトラジャヤ (Putrajaya) へ移しており、2010年には移転が完了する予定である。

多民族が平和的に共存するマレーシアの首都らしく、多彩な文化が混ざり合ったことがかもし出す賑やかな雰囲気が特徴である。近年は高速道路や市内鉄道、モノレールなどのインフラ開発が進み、豊かな緑の中に高層ビルが立ち並ぶ東南アジア有数の近代都市となった。また、東南アジアの大都市には珍しく、市街地が清潔で治安がいいことも特徴である。

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KLの歴史

クアラルンプールは中国人の植民者によって、スズの採掘拠点として1857年に開発された。彼らはクラン川とゴンバック川の合流点に落ちつき、そこをクアラルンプール、すなわち「泥が合流する場所」と呼んだ。イギリスに支配された1873~1957年のうちに、スズとゴム産出の中心として発展し、1874年にイギリスの政治介入をスルタンに了承させる内容のパンコール条約を締結。1896年にはイギリスによって統合された、イギリス保護下のマレー連合州の首都となった。第二次世界大戦中の1942年、イギリス軍が日本軍によって制圧されるクアラルンプールの戦いによって、クアラルンプールは日本の統治下に入ったが、1945年の終戦によって再びイギリス統治になった。1957年8月31日、マラヤ連邦がイギリスから独立してクアラルンプールはその首都となり、1963年にマレーシア連邦が結成されてからも同国の首都の座を維持した。1974年、スランゴール州から分離してマレーシアの直轄地域となる。その後もマレーシアは順調に成長を続けていたものの、1997年にタイから始まったアジア通貨危機で大打撃を被った。これは第二次世界大戦以来、右肩上がりの成長を続けていたマレーシアが初めて体験する大きな試練だった。その翌年1998年は、クアラルンプールがアジア・アフリカでは初のコモンウェルスゲームズの開催都市となり、これがマレーシア国民の自信をいくらか取り戻すきっかけとなった。1999年、首相官邸が新行政都市プトラジャヤに移転した。

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ペトロナス・ツインタワー

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ペトロナス・ツインタワー(PETRONAS Twin Towers)は、1998年に完成したマレーシアのクアラルンプール( 北緯3度9分28.26秒東経101度42分41.94秒)にある超高層ビル。ペトロナスタワー、ペトロナスタワーズとも呼ばれる。
20世紀の高層建築としては最も高い、高さ452mの88階建てで、マレーシアの国立石油会社ペトロナスによって建築された。設計はシーザー・ペリ&アソシエーツ。

この塔はイスラム様式でマレーシアのモスクに似せて作られており、特徴的な尖塔を持つ。建設当時はこの尖塔を含めた高さで建築物世界一を誇っていたが、2003年10月17日に中華民国(台湾)の台北国際金融センターに世界一の座を譲り渡した。ただし、二本のビルが対になっているツインタワーとしては依然として世界一の高さを誇っている。

建築に関しては日本の建設会社ハザマがタワー1を、韓国のサムスン物産建設部門がタワー2を、それぞれ建設した。なお、41階と42階の二箇所に設けられた2本のタワーを結ぶ連絡橋(スカイブリッジ)は、フランスの建築会社による施工である。

構造的特徴としては、海側から吹いてくる強風による振動を防ぐために、既存の柔構造を採用しなかった点にある。軽量のコンクリートを積み上げる方式をとっており、この種の構造物としては重厚な造りになっている。

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JB

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ジョホールバル(ラテン文字:Johor Bahru、ジャウィ文字:جوهر بهارو)は、マレー半島最南端に位置する、マレーシア・ジョホール州の州都で、首都クアラルンプールに次ぐ第二の都市。「ジョホール・バール」とも呼ぶ。

人口は約85万人。中国風の地名は「新山」という。ユーラシア大陸最南端の都市(実際にはジョホール州ポンティアン郡のタンジュン・ピアイ)でもある。

ジョホール海峡を挟んだ対岸にシンガポールがあり、相互往来は盛んである。実際、マレーシアの入国審査場を抜けてすぐのところが中心市街地で、地元の人も「マングリッシュ(マレーシアなまりの英語)」ではなく、「シングリッシュ(シンガポール訛りの英語)」を話す。また、シンガポールへの観光ツアーにも、このジョホール・バルが組み込まれている事が多い。マレーシア国内だが、マレーシアのラジオよりシンガポールのラジオのほうがよく入る。

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ジョージ・タウン

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ジョージ・タウン (George Town) は、マレーシアのペナン州の州都であるペナン島市の中心部の地区である。

地方自治体としては、1976年12月14日までジョージ・タウン市であったが、管轄範囲がペナン島全体に広がり、現在はペナン島市 (略称:MPPP, マレー語:Majlis Perbandaran Pulau Pinang, 英語:Municipal Council of Penang Island)という。

州の行政区画としてはティムル・ラウト郡に属している。

ジョージ・タウン地区の人口は約40万人。近年は住宅・商店・ホテル・病院・官公庁などの都市基盤もしっかりしており、マレーシアでは首都クアラ・ルンプールに次ぐ第二の都市となっている。また、ペナン島はリゾート地であり、この地区が観光の拠点となっている。

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イポー

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イポー (Ipoh) は、マレーシアの都市であり、ペラ州の州都である。クアラルンプールから南北高速道路を経て約 200 キロメートル北に位置する。

今日通常「イポー」といえば、都市に隣接する Chemor, Jelapang, Falim, Menglembu, Tanjung Rambutan などの小規模な町を含む、イポー市庁舎および Dewan Bandaraya Ipoh の管轄下の地域を指す。歴史的に「イポー」は、都市の中心部からキンタ川により分割された旧市街と新市街を指した。新市街のそばに位置するグリーンタウンは1980年代後半から、政府の古い宿舎からしばしば旧市街と新市街を見劣りさせるほどのイポーの行政と商業の中心へと変えられた。